電車の中で

緊急停止

2008年4月5日

 

夜でも意外と満員電車なのだと知った。
子どもたちを連れて、帰宅する途中の電車の中で
周波数の異なる耳慣れない音が続いていた。

 

「何の音?気持ち悪いね」

 


 

 

ただいま、緊急停止の非常ボタンが押された様子です。しばらく緊急停止いたします

 


 

 

このアナウンスがなければ、人波に隠れたできごとなど
気づかずにいたであろうと思われる。
非常ボタンは、私たちのいる車両で押されたものだった。
電車の中で、突然に人が倒れ、周囲の人が非常ボタンを押したのだった。

 

「お医者さんはいませんか?人が倒れました」
と、叫ぶ男性の声が聴こえた。

 

 

その声を聞き
「どなたかお医者様はいらっしゃいませんか?どなたか倒れられたようです!」
と、私は声を上げていた。

 


 
「ママ。恥ずかしいから止めてよ」
と、子どもたちは声を潜めて私に言う。
「AEDは置いてないのですか?車掌さんに連絡できませんか?」
なおも、大きな声で私は周囲に呼びかける。
「3両目で人が倒れたと、隣りの車両から伝えてもらおう」
どこからか、そういう声が聴こえた。

 

 

ほとんどの人間は、そのまま、知らぬかのようにしていた。
本を読む者、居眠りを続ける者、黙ったまま電車の動くのを待っている者。
人が倒れたことなど、車内に虫が入って来た時より
騒ぐことではないといった風情であった。

 


 

 

混雑している電車の中で、身動きはとれない。
しかし、心配そうな顔さえもなく、ほとんどの人々は無表情だった。

 


 

 

以前、住んでいた家の隣りのおばさまが
タクシーの後部座席で突然死したことがあった。
「○○まで」
そう行き先を告げ、シートに座ったままで亡くなっていたのだ。

 

お友だちのおばあちゃまが、買い物に出かけ、自宅に戻り
荷物を置いたまま、ちょっと一休みという姿で
ソファにもたれて亡くなっていた。

 

人は日常生活のほんの隙間に死を迎えることもある

 


 

 

次の駅で、駅員さんが待機しているということで、電車は走り出した。
(もしも心臓発作だったら、脳出血だったら、もう、間に合わないかもしれない)
そんな考えが頭に浮かんだ。

 
もしも、自分の乗った車両で、人一人が死んだとしたら
あなたはどう感じる?

 

あの時、できることはなかったかと、後悔しないのだろうか?

 
それとも
「いや、昨日の帰りにさあ。電車の中で人が倒れたんだよ。
てっきり酔っぱらいかと思ってたら、心臓発作だってよ?。
人生何、が起こるかわからないよな。
まあ。毎日、楽しく生きてりゃ、ぽっくりと死ぬのも悪くはないかなあ。
ははははは」
なんて、翌日の話題にするのだろうか?

 


 

 

子どもたちには
「ママ。恥ずかしい」
と言われたけれど、人の生死に関わる時に
大声を出すことを恥ずかしがってなんていられない。

 

母が、癌だと知った時、どうして、それまでの痛みや辛さに
気づいてやれなかったのだろうと、自分を責めた。

 

 

病院の帰り道。
涙を我慢していた私は、迎えに来た主人の運転する車の中で
自分の声とは思えぬ声で号泣し、「号泣」という泣き方を初めて知った。

 

弟の死をみつけた時、なぜ、彼の心をわかってやれなかったのかと
声を出すことさえ忘れて、自分の言葉を失った。

 

そういう哀しみを他人に味あわせたいとは思わない。

 

だから、できることは精一杯やりたいと思う。

 

 

「お医者さまはいらっしゃいますか?」と声を出すことなど至極簡単なことだ。

 


 

 

簡単なことも、気持ちがなければできない。

だから、子どもたちに伝えたいのは、その人を助けたい「気持ち」なのだ。

 

声を出すことではなく、
困っている人を助けたい
自分に出来ることをしよう

 

そういう「気持ち」が、行動につながることを知ってもらいたいと思う。

 

改めて、日常生活の中で、家を出て、家に帰るという当然の無事が
無事を喜ぶべき、当然の日常なのだということを認識した。

 

言っておきたいこと、やっておきたいこと、知っておきたいこと
すべて、「今」 こそ、大切にしなければならないと痛感した。

 

大事な人に
大切な人に
大事なことを
大切なことを
伝えることを
言葉を

 

惜しんではいけないね。

 

 

愛は伝えよう。

 

敬愛 慈愛 純愛 情愛 仁愛 他愛 友愛 恋愛

 

すべての愛を伝えることを

 

惜しんではいけないね。

 


お時間ございます方は、

今COCO にある ESSAYS IN IDLENESS – 徒然なるままに

電車の中で の拙文をお読みいただけましたら幸いです。

 

 

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