詩 生徒諸君に寄せる 宮沢賢治
中等学校 生徒諸君
諸君は この颯爽たる
諸君の 未来圏から 吹いて来る
透明な 清潔な 風を 感じないのか
それは 一つの 送られた 光線であり
決せられた 南の風である
諸君は この時代に 強ひられ 率ゐられて
奴隷のやうに 忍従することを 欲するか
今日の 歴史や 地史の 資料からのみ 論ずるならば
われらの 祖先乃至は われらに 至るまで
すべての 信仰や 特性は
ただ 誤解から 生じたとさへ 見え
しかも 科学は いまだに 暗く
われらに 自殺と 自棄のみをしか 保証せぬ
むしろ 諸君よ
更に あらたな 正しい時代を つくれ
諸君よ
紺いろの 地平線が 膨らみ 高まるときに
諸君は その中に 没することを 欲するか
じつに 諸君は 此の地平線に 於ける
あらゆる形の 山嶽で なければならぬ
宙宇は 絶えず われらによって 変化する
誰が 誰より どうだとか
誰の 仕事が どうしたとか
そんなことを 言ってゐる ひまが あるか
新たな 詩人よ
雲から 光から 嵐から
透明な エネルギーを 得て
人と 地球によるべき形を 暗示せよ
新しい時代の コペルニクスよ
余りに 重苦しい重力の法則から
この 銀河系を 解き放て
衝動のやうにさへ 行はれる
すべての 農業労働を
冷く 透明な 解析によって
その 藍いろの影と いっしょに
舞踏の範囲にまで 高めよ
新たな時代の マルクスよ
これらの 盲目な衝動から 動く世界を
素晴らしく 美しい 構成に 変へよ
新しい時代の ダーヴヰンよ
更に 東洋風静観の キャレンヂャーに 載って
銀河系空間の 外にも 至り
透明に 深く 正しい 地史と
増訂された 生物学を われらに 示せ
おほよそ 統計に 従はば
諸君の なかには 少くとも 千人の 天才が なければならぬ
素質ある 諸君は ただに これらを 刻み出すべきである
潮や風……
あらゆる 自然の力を 用ひ 尽くして
諸君は 新たな 自然を 形成するのに 努めねばならぬ
ああ 諸君は いま
この 颯爽たる 諸君の 未来圏から 吹いて 来る
透明な 風を 感じないのか
この詩の 「キャレンジャー」 とは、
1872年 から 1876年 にかけて 太平洋各地や 大西洋の 南半球部分で
学術調査を行なった イギリスの海洋調査船 「チャレンジャー(挑戦者)」 のことを指します。
筑摩書房より、
この 3月に 『新 校本 宮澤賢治全集』 が 完成されました。
賢治研究 に 金字塔を うち立てた
『校本宮澤賢治全集』 の 特色を ひき継ぎながら、
その後の 新発見資料・研究成果を踏まえ、
全面的な 本文決定・校訂作業の やり直しを行った、
研究の 新たな基盤となる 全集。
別巻は、研究者待望の画期的な索引。
全19冊セット 定価 : 本体 158,062円 + 税 * 分売可
菊判・ソフトカバー装・貼函入・二分冊
装幀 = 間村俊一
編纂校訂:宮澤清六 天沢退二郎 入沢康夫 奥田弘 栗原敦杉浦
宮沢賢治は、青空文庫 でも 十分に 読める作家です。
絵本や 童話で 各作品に 触れることもできます。
詩 生徒諸君に寄せる 宮沢賢治 も ぜひ お読みください。
私は 子ども時代に 少年少女日本文学集や 世界文学集が、
貧しいながらも 母が 私と 妹と 弟の 知識の糧にと、
せまい家に 大きな本棚を 用意してくれた
母の 影響でしょうか?
全集には 文学とか 知識を超えた、
「賢さ」 「優しさ」 「強さ」
を 得られる 言葉を超えた「何か」が あったように思います。
母の愛情
父がもつ 「われらの文学」(講談社) と並んで、
「ジャポニカ 大日本百科事典」 (小学館)、 「少年少女世界文学全集」 (学研)と、
母が 私たち姉妹 (とはいえ、妹は文学とは無縁の人でした)のために、
狭いアパートには 不似合いな 立派な 本棚に並べてくれた 過去は、
今の私を 形作ってくれたのかもしれません。
たくさんの 世界中にある 視点(目)を もたせてくれたのは、
一人の作家にこだわることのない 文学全集 の 器の広さ で あったのかもしれません。
幼い頃 (といっても中学生という 思春期で、子どもから大人への 過渡期でもありました)、
障害をもつ友達を 持てるきっかけになった、
世田谷区立 梅が丘中学校 の 生徒会役員 になれたことで、
近隣 (歩いて3分足らず) の 光明養護学校 との 交流を深め、
健常者 と 障碍者 (当時は障害者)
という差別( を持つ人が大半でしたが) ではなく、
「違い」 という 区別による
前向きな 課題解決について
考える時間 となりました。
「むしろ諸君よ 更に あらたな 正しい時代を つくれ」
と、述べた
宮沢賢治の 思いを、
今も 感じ、
次代に その言葉を つなげたいと思います。
この文章と同じカテゴリー : 国語の力
お時間ございます方は、
COCORO にある FOR WHOM THE BELL TOLLS – 誰がために鐘は鳴る の
拙文を お読みいただけましたら幸いです。
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